渋谷の宮下公園をめぐるホームレスとナイキの戦い

渋谷の宮下公園をめぐるホームレスとナイキの戦い

ホームレスの野宿先となっている廃れた公園を、若者向けのスポーツ施設に改修しようと資金提供した大手スポーツウェア会社にホームレスが反発
Miyashita Park
Miyashita Park
Miyashita Park
Miyashita Park
About 80 homeless people used to live in Miyashita Park but recently their numbers have dwindled.

ファッショニスタご用達のブランドショップで溢れる渋谷から、たった徒歩数分。階段を上った先に、ガランとした細長い公園がある。 ケヤキや桜の木の下には、ベニヤ板やプラスチックシートで作った小屋に加え、壊れた傘や、履き古した靴、空のペットボトル、クマのぬいぐるみといったゴミが山済みになっている。 2 面あるフットサルコートはここ数ヶ月使用されておらず、トイレの壁や敷地の中央に架かる歩道橋は、落書きで覆われている。

以前の美しい宮下公園を知っているのは、昔から付近に住んでいる住民だけだろう。 ここ 2 年間強、渋谷区は数億円をかけた宮下公園の大規模開発計画に取り組んできた。渋谷区は、クライミングウォール 2 つ、スケートボード場、エレベーターを追加することを計画しており、建設費 4 億 6560 万円はナイキが負担することで合意。地方政府と一般企業が合同で公園開発に携わるのは、今回が初めてだ。さらに、このアメリカ大手スポーツウェア企業は、命名権に関しても 2020 年までに年間 18,700 千円の支払いを承諾している。

この「宮下ナイキパーク」は、4 月に開園が予定されていた。 昨年 11 月に原宿に華々しくフラッグシップ店をオープンしたばかりのナイキとしては、この企画によりブランド力のさらなるパワーアップを狙っていたに違いない。 ところが完成はもとより、着工すらされていないのが現状だ。

改修反対運動

改修計画を妨げているのは反対運動である。宮下公園に野宿するホームレスを守るため、アーティスト、支援者、サポートグループなどが「みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会(以降「守る会」)」という反ナイキグループを結成した。 同公園開発に関するニュースが浮き彫りとなった 2008 年以来、守る会は住民との話合いなしにナイキとの交渉を進めた渋谷区に対して不満を露にしている。 改修工事の着工を阻止するため、公園内に泊り込むなど抗議活動を繰り返している。

Miyashita ParkA shack of plywood and tarp at Miyashita Park's southern edge. Ward officials say the presence of the homeless has kept locals from using the park.事を荒立てたくなかった渋谷区は、 ナイキとの契約成立は認めたものの、公式発表はしていない。ナイキからも、今のところ公式発表はない。 ナイキ広報の水上陽子さんによると、同社はこの問題に関する決定権を渋谷区に委ねているとのこと。

宮下公園に関する論争の根底にあるものは、公園の役割に対する見解の違いだ。 公園の役割を「誰もが自由に使える場所」と考えるか、「特定の人ののみが使う場所」と考えるかは、人によって違うだろう。 守る会は、現状維持を主張している。 つまり、誰もが使える場所である。 渋谷区が、有料のナイキパークを建設するために、ホームレスを園内から追い出そうとしているというのが、同会の主張である。

これに対し、渋谷区と公園周囲の事業主は、すでに何年もの間ホームレス以外の公園利用者はいないと強調。 さらに、売却したのはあくまでも「命名権」であり、「公園」そのものを売却したわけではないこと、そして新施設の管理もナイキでなく渋谷区が行うことを説明している。 「数年前に多くのホームレスが宮下公園に住み始めて以来、同園を訪れる一般客は姿を消してしまいました。(以下すべての会話原文は英語)」と、渋谷区公園課課長小沢明彦氏は話す。 渋谷区は、公園に野宿する全ホームレス 30 人と既に話し合いを済ませ、新しい住居探しについても支援する構えを示したという。 「完成すれば、子供や大人が大勢訪れる公園になるはずです。」と、小沢課長は意気込む。

ナイキは、子供達がスポーツを楽しめる空間を造るのが目的だと主張。 「宮下公園は、もう長い間公園として利用されていませんでした。」と、ナイキ広報の水上陽子さんは寄せられた質問に対して電子メールでコメントしている。

守る会の精力的な活動は、今や全国に知れ渡り、東京だけでなく世界中でも抗議者を奮い立たせている。 4 月 26 日、ナイキ計画に反対する人々やアーティストが東京にあるナイキのフラッグシップ店前に結集し、計画中止を求める抗議活動を行った。 抗議者達は、宮下公園のアバターを思わせる青色の人形を掲げながら警察が駆けつけるまでの 20 分間抗議ビラを配り続けた。 「ナイキが公園開発から手を引き、渋谷区が計画中止を決定することを願っています。」と、守る会のリーダーとして 3 月半ばから同園に泊り込みで活動しているアーティストの市村美佐子さん(38 歳)は話した。 市村さんはブログ宮下公園アーティスト・イン・レジデンスを立ち上げており、渋谷区が同計画から手を引くまで宮下公園に住み続ける予定である。

宮下公園の概略

1948 年に誕生した宮下公園は、今では当時とは随分趣を違えている。 1950 年代のモノクロ写真に写った公園は、渋谷川の近くの高架下に平地が 2 ヶ所あるだけ。 ちなみに、宮下公園の名は、その位置に由来する。公園付近には、第 2 次世界大戦中連合国の空襲で焼失するまで皇族梨本宮邸があった。

Miyashita ParkMiyashita Park, north entrance. Graffiti and handpainted murals dot the footbridges and walls of the park. 1960 年代になると、日本経済の急成長で乗用車が道路に溢れ始めた。交通問題に対処するため、東京都が暗渠化工事により駐車場を建設し、人工地盤上に宮下公園を再整備した。 宮下公園へ続く階段があるのはこのためである。 しかし、地元民の多くは、この頃から公園環境が悪化したと言う。 10 代の若者が公園にたむろし始め、ホームレスが居つき出した。 同時に、付近で窃盗などが多く発生するようになった。 バブル崩壊で多くの人が職を失った 1990 年代には 80 人ほどのホームレスが野宿するスラム街と化したという。

現在、全面積 10,800 平方メートル(フットボール場の約 2 倍)ほどの宮下公園は、線路と 6 車線道路に挟まれている。 渋谷区が、ホームレス対策として園周囲に仮設フェンスを設置したため、さらに狭く感じる。 園内には、靴や電池、様々なゴミがあちらこちらに散在。 夜は、抗議活動のため園内に泊り込んでいる守る会以外に人は全くいない。 地元住民は、もう数 10 年間も公園に家族連れの姿を見たことがないと話す。 「昔は、夏になると子供用のビニールプールが用意されていたのでよく足を運んだものでした。」と、宮下公園の近所で育ち、約 50 年もの間、公園脇の路地で焼き鳥屋、鳥福を営むムラヤマ・シゲルさん(63 歳)は話す。

長谷部健議員の使命

長谷部健氏は、荒廃の一途をたどる公園をそのままにしておくことができなかった。 同氏は、宮下公園の改修計画を推進する渋谷区議員の 1 人である。 公園から数キロメートル離れた表参道で幼少期を過ごし、現在もこの近辺に住んでいる長谷部氏は、 ナイキ化計画推進に対して個人的にも強い思い入れがある。

宮下公園改修計画は、同園から数メートル離れた美竹公園の改修計画にその発端があったと、長谷部氏と関係者は話す。 2004 年、渋谷区とナイキは古い靴底のゴムを再利用してバスケットボールコートを美竹公園に建設したが、 完成した途端、近隣の住民から騒音に関する苦情が寄せられるようになった。 そこで長谷部氏はナイキと再度交渉、マイケル・ジョーダンコートを宮下公園に移設することを議会に提案。 しかし他の議員から労働組合の集会場所が奪われるとの指摘を受け、コート移設計画は白紙に戻ってしまった。

それでも長谷部氏は諦めることができず、 他の渋谷区の役人と宮下公園をスポーツ施設に改造する計画を協議し始めた。 渋谷区は、2006 年に 2 面のフットサルコートを建築。 同コート建設に先立って、公園に住んでいた多くのホームレスを政府の住宅施設に移すことに成功したため、 さらに他の施設を建設することにより、ホームレスを公園から完全に退去させることができるのではと考えたのだ。

建築する施設の候補として挙がったものの一つは、 スケートパーク。 すでに問題視されていた、駅構内やショッピングセンターにたむろうスケートボーダーを、公園内のスケートパークに呼び込もうとしたのである。 初期計画では公園の両側に建設が予定されていたスケートパークは後に縮小され、代わりに 2 面のクライミングウォールが計画に追加された。

Miyashita ParkMembers of the Coalition to Protect Miyashita Park from Becoming Nike Park have slept in tents in the park since March. They are trying to block the ward from renovating the park. 問題は、建設事業費の調達である。 この建設費を区が負担することは無理であった。 長年に渡る不況と微弱な経済成長は、税歳入を減少させ、渋谷区の予算を圧迫。 渋谷区は歳入を増やすため、2006 年に入り多目的ホールの命名権を試験的に売却し始めた。 ホールの次は公衆トイレ。 命名権を使った財源増収策の効果はまずまずであった。 同年の渋谷区予算案によると、1 億 1800 万円の命名権収入が見込まれている。

2007 年後半、長谷部氏は、宮下公園に関する提案をナイキに持ちかけた。 この話し合いの中で、同園の命名権売却案が浮上した。 「この計画は納税者の負担なしにやり遂げようと心に決めていました。 新しい公園の在り方を創り出したかったのです。 たくさんの公園を視察しましたが、 どの公園もジャングルジム、滑り台、砂場などがあるだけで代わり映えしませんでした。 ボールを投げたり蹴ったりするスペースは確保されていないのです。 正直なところ、これではつまらないと思いました」と、長谷部氏は、渋谷区役所 5 階にある観葉植物が置かれた会議室で話してくれた。

渋谷区はナイキの申し出に心を動かされたものの、 美竹公園のジョーダンコートの二の舞は踏みたくないと考えていた。 地元民の賛同を得るため、長谷部氏は宮下公園の近くで育った伊藤たけし氏を同計画推進の一員として迎え入れた。 伊藤氏が地元の事業主や住民を招いたミーティングをひっそりと行う一方で、渋谷区は宮下公園で野宿するホームレスに公園のナイキ化計画について知らせ始めた。 多くの事業主は同計画に協力的であった。 公園近くで焼き鳥屋を営み、のんべい横丁商工会議所の議長でもあるムラヤマさんは、「宮下公園のイメージの悪さは同地のビジネスにも影響しているため、 宮下公園の改修には賛成です。」と話している。

この時点では、渋谷区は同計画の趣旨を公表していなかった。 ナイキ化計画が公になったのは、2008 年 5 月。 Just Times Shibuya という地方紙がこの計画に関する記事を掲載したのだ。 同記事は、区長がナイキに宮下公園の命名権を売却する予定であるとした上で、 「誰もがリラックスできる癒しの空間であるはずの公園が、露骨な商業目的で住民から剥奪されようとしている。」と、酷評した。 国内の新聞各社も、相次いで同ニュースを取り上げた。

抗議活動の始まり

ナイキ化に関する新聞報道は、すでに何年もの間、食料を届けたり、政府に働きかけるなどして地元のホームレスを支えてきた支援者の心を刺激した。 守る会のメンバーは、抗議の矛先を最大の敵であるはずの渋谷区ではなくナイキに向け、世界的大企業と地元住民の対立というイメージを全面的にアピールし始めた。

線路沿いには、電車通勤者の目に留まるよう、「No Nike (ナイキ反対)」、「Park is Ours (公園は私達のもの)」、「Nike, Don't Steal Miyashita Park! (ナイキよ、宮下公園を盗るな!)」 といった横断幕が吊るされた。 宮下公園内には、ナイキのスローガンである「Just Do It (やってみよう)」にかけた「Just Doite! (どいて!)」のポスターが貼られた。 さらに、minnanokouenn.blogspot.com airmiyashitapark.info/wordpress/といったブログサイトや、Twitterを利用したインターネットをによる活動も行っており、抗議に関する最新情報が確認できる他、YouTube には支援者と区役員の対立の様子も載せられている。 Miyashita ParkThe opposition to the park renovation have created parody posters of Nike's swoosh logo and ad copy.Our Planet TV のドキュメンタリークルーも、YouTube 、Nike PoliticsNike Boycotte Nowといったウェブサイトに抗議運動をサポートする映像を提供。 ナイキから献金を受け取ったとして、長谷部氏や伊藤氏に電話で抗議した者もいた。 (両者とも献金の事実を否定。)

昨年 8 月、渋谷区公園課の小沢課長は、宮下公園で抗議者に対し緊急会議を開いた。 9 月 1 日までに園内から立ち退くようホームレスに勧告、区側が次の住居を探す支援をすると説明。 小沢課長と「野宿者の生活と居住権をかちとる自由連合」の連合長、黒岩大助氏は、メガフォンを使いながら話を交わした。 だが当初穏やかだったミーティングは、次第に怒鳴り合いへ悪化する。 「これまでずっと公園に野宿してきた人達に、突然 1 ヶ月以内に出て行けというのですか?公園利用者、園を住処としているホームレス、渋谷区の有権者に計画の詳細を告げずに、区が影で改修計画を進めたことで、住民は区行政を信頼できなくなっているのですよ。」と、ポンパドールヘアスタイルに細身の黒岩さんは攻め寄った。

メガネを掛けた小沢課長は、腕組みをしながらしかめ面で黒岩さんの話を聞いていた。 「ナイキジャパンとの契約協議段階であったため、契約内容の詳細については公表することはできませんでした。 そのため、今日ここでこのような話し合いの場を持つまでに時間がかかってしまったのです。」と、小沢課長が説明すると、

「ナイキはどこだ?」 と誰かが叫んだ。

この両者による張り合いは 3 月半ばに最高潮に達した。 アーティストの市村氏やその他の支援者が公園内に設置したテントに寝泊りするようになったのだ。 数日後の 3 月 16 日、作業着を身につけ、工事用ヘルメットを被った公園課の職員とその他関係者がトラックで公園に現れ、園内をフェンスで囲み始めた。 抗議者たちは身を砂場に埋めたり、行く手を塞いだり、フェンスに飛び乗ったりしながら抗議活動を繰り返した。 さらに、Twitter やブログを使って支援を呼びかけたところ、公園に寝泊りする抗議者の数は 60 人にも膨れ上がった。 小沢課長と黒岩さんは再度対決した。

「これでも、区の方針が住民の意思を反映していると思われるのですか?」 と、黒岩さんが尋ねると、

「申し訳ありませんがそうですね。私は、区の決定は住民の意向に沿っていると思います。」と、小沢課長は返答した。

数時間後、区の職員は園内から撤退した。 同日の夜、抗議者たちは手作りの「No Nike 」シャツを身に付け、原宿のナイキショップの店頭でファッションショーに見立てた抗議活動を行った。 2 週間後に小沢課長と工事業者である東急建設株式会社が開催した改修計画の公聴会でも、両者は再び張り合った。

妥協、譲渡、そして、取り締まり?

努力も空しく、ナイキ反対派は渋谷区との交渉で優位に立つことはなかった。 桑原敏武渋谷区長は、今後も宮下公園のような改修計画を行っていく予定との見解を先日示している。 また、長谷部氏は抗議者側に妥協意思が全くないことに対し、「抗議者の目的は、単に抗議することだけなのではないか」と指摘した上で、 「どんなに良い提案や計画にも、反対者は必ずいますからね。」と付け加えた。

しかし、ナイキは方針の変更を打ち出している。 ナイキ広報の水上陽子氏によると、公園内の看板にナイキ社のロゴを使わない方向で現在渋谷区と再検討中であり、代わりにロゴマークであるスウッシュ をヘルメットやその他レンタル用品に使う話が進められている。 しかし建設事業費と命名権料は、当初の計画通り支払う予定だ。 「ナイキ社は、(ブランド名を売り込むことではなく)地元住民がスポーツを楽しめる環境作りとコミュニティーの活性化を目的としています。」と、水上氏は話す。

Miyashita ParkThe banner reads: "Nike, don't steal away Miyashita Park."長谷部氏は、区側にも不備があったことを認めている。 「この計画は、確かにもう少しオープンに進めるべきでした。 私自身、入札の公募を提案したこともあったのですが、 区役員の間で意見が割れました。 既にその時点で、ナイキとの話し合いが進行していたため、他社から入札を募ることは困難だったのです」。

3 月 31 日に実施された宮下公園の改修計画に関する区議会員投票では、26 対 7 で計画案が通過した。 現在、宮下公園は 11 月の開園が予定されている。 スケート場に 200 円(子供 100 円)、クライミングウォールに 350 円(子供 200 円)の使用料が課される予定。

4 月 20 日、自転車で園内を視察をした伊藤議員は、 3 人の抗議者と会った。 (この内容に関しては、Twitter に一部始終が掲載されている。) 伊藤議員は、もしホームレスが園内から立ち退かなければ強行手段に出ざる終えないだろうと述べた。 「強行手段を避けられないことは彼らにも説明しました。」と、伊藤議員は語った。 渋谷区はいつ強行手段を行使する予定ですかと尋ねると、 「それは私の口からはちょっと。 ただ必要となれば、間違いなく行使します。」と伊藤議員は話した。

Kenji Hall は東京在住のジャーナリスト。 Hall による最新の執筆作品は『Monocle 』に掲載されている。 雑誌『Business Week 』 や『The Associated Press』の記者として働いた経験を持つ。 少年時代をカリフォルニア州サンディエゴで過ごした Hall は、友達とサッカーをしていてよくからかわれた。
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